「モノ」と「人」のハートフル関わりを描いた中田花奈の個人PV【乃木坂46「個人PVという実験場」第20回1/5 (2/3ページ)
一見すると、若いキャストを主役に据えた作品としては定番の、思春期の淡い恋を主題にした王道的なドラマのような佇まいである。やがて、植田が演じる男子生徒が教室に近づいてくる気配を感じ、中田は居住まいを正して緊張気味に待機する。
しかし、植田が登場し画面内の主役が彼に切り替わると同時に、甘酸っぱい空気は一転、教室に不自然に置かれた「もの」を植田が訝しげに眺める場面へと移ろっていく。ここで、中田がその身体を通じて表現していたものが、本来魂を持つはずのない無機物であったことが明らかになる。
中田演じる主人公は植田に思いを寄せ、「通学する植田の姿を毎日見つめていた」わけだが、それが客観的にどのような光景であるのかも、ドラマ後半の時点でようやく視聴者にも具体的にイメージできるようになる。それは、どのようにしても叶うことのない悲恋である。
一方、植田の視点からすれば、中田が演じている「もの」が自分に恋をするなど勘づくはずもなく、むしろ無人の教室に唐突に置かれていたらホラー的な気味悪ささえ覚えるその「もの」に、なかば怯えながら一撃を加えて逃げていく。
この致し方ないリアクションはしかし、中田にとっては恋する相手から明確に「拒絶」される瞬間であった。哀しいめぐり合わせを描いた「HATSUKOI」は、初期のドラマ型個人PVのなかでも異質な空気感をまとい、どこか静謐さを漂わす作品である。
■中田花奈の「私はピアノ。」
中田がドラマ型の個人PVのなかで、人間ならざるものを演じたのは「HATSUKOI」のときだけではなかった。2014年、9枚目シングル『夏のFree&Easy』で制作された個人PV「私はピアノ。」(監督:ナカバヤシジュン)でもやはり、彼女は人間を慕う無機物の擬人化を担っている。