十五夜も十三夜も正月もサトイモ!日本では古くから神聖な食材とされてきた「里芋」の歴史 (2/4ページ)
以下では、その関係を探ってみましょう。
東南アジアから伝わった、サトイモとその「神聖さ」サトイモの原産地は、東南アジアの熱帯降雨林だと言われています。太平洋の島々には、古代マレー族の移動によって伝わったそうです。
日本列島に渡来したのは、まだ稲作が始まるよりも前の縄文時代の中期以前。今からおよそ五千年前とみられています。
ちなみにインドネシアやフィリピンなどでは、サトイモを「ウヒ」といい、これが沖縄では「ウム」になり、日本に上陸して「ウモ」となったと言われています。
そしてサトイモの原産地である東南アジアには、今でも、旧暦の八月十五日の満月の夜にタロイモを食べる行事があるそうです。
ただ、サトイモは腐敗が早く、クルミなどの堅果類と違って遺跡から出土した例がありません。よって縄文時代のサトイモ農耕は確認されていないのですが、月へ供物を捧げる習慣が、古代のサトイモ文化のひとつとして渡来したと考えることは十分可能です。
このようにして見ていくと、旧暦の八月十五日は、単なる満月を鑑賞する日ではなく、日本でも「サトイモの収穫祭」の日でもあったと考えられます。
これはもちろん仮説ですが、昔の日本人にとってのサトイモの重要性を補強する事実はたくさんあります。
お月見につきものの「団子」ですが、これも、もともとは小芋(サトイモの親芋に対する小さい芋)をかたどったものだったのです。
