なんと側室300人!豊臣秀吉の女性選びが、他の戦国大名とちょっと違った理由とは? (2/4ページ)

Japaaan

容姿端麗な、いいとこのお姫様(イメージ)

そして、秀吉が側室集めに重視したもう一つのポイントは「美女」であること。もう美しいと評判が立ちさえすれば、人妻だろうが未亡人だろうがお構いなく魔の手を伸ばし、思い通りにならない時は逆ギレして流罪に処した……なんて事例もあるようです。

以上、秀吉が女性を選ぶ基準をまとめると

一、高貴な家柄であること
一、美しいこと

となります。別に私たち現代人から見てもそんなに変わっているようには見えませんが、それでは他の戦国大名たちは、どういう基準で女性(特に側室)を選んでいたのでしょうか。

一方、戦国大名たちは側室に何を求めたのか

そもそも、側室って何でしょうか。

「第2位以下の夫人でしょ?」そりゃまぁそうなんですが、彼女たちに与えられた(押しつけられた?)役割は大きく以下の通り。

一、家同士の橋渡しをすること
一、世継ぎとなる子供を産むこと

家同士の橋渡しとは、連携を強めるため、あるいは臣従を誓うために差しだす体(てい)のよい人質であり、両家の力関係によって側室として迎えたり、正室として重んじたりしたのでした。

人質だけなら男性でも代えが利かないこともないものの、次の「子供を産む」のは女性にしか出来ない役割です。

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