20,000対763名!戦国武将・高橋紹雲が魅せた武士の心意気と壮絶な最期【下】 (3/4ページ)
「参るぞ者ども、最後の斬り込みじゃ!」
「「「おおぅ……っ!」」」
わずかに生き残った城兵を率いて紹雲は島津の大軍へ斬り込みをかけ、悪鬼羅刹のごとく暴れ回って紹雲自身も敵兵17名を斬り捨てる大奮闘。
そして最後は城内の高楼へ登って切腹。残った者も誰一人降ることなく全員が自刃して果てました。
かくして7月27日、ようやく岩屋城は陥落。島津方は約3,000の犠牲を払ったということです。
エピローグ・紹雲からの書状さて、紹雲の首級は首実検のため忠長のもとへ届けられますが、遺体の傍らにあったという書状も添えられていました。
「これも義によってなれば、ご理解されたし」
【意訳】元より貴公に恨みはなく、和睦の意思を踏みにじるようなことをして心苦しく思わないでもないが、武士として主君の恩義に背く訳にはいかず、このようになったことを、理解して欲しい。
これを読んだ忠長は座っていた床几(しょうぎ。椅子の一種)から崩れ落ち、両膝をついてその死を惜しんだと言います。
「我らは類まれなる名将を喪ってしまったものだ。入道(紹雲)殿はまさに軍神の化身であった。もし彼と和解できたならば、かけがえのない友となれたろうに、まことに武士とは恨めしく、因果な道であることか……」
島津の諸将も瞼の裏に浮かぶ紹雲の鬼神ぶりを思い出し、涙に袖を濡らしたのでした。