会津藩と言えば、幕末の戊辰戦争(慶応4・1868年1月~明治2・1869年5月)において朝敵とされ、薩摩・長州を中核とする新政府軍によって滅ぼされた悲劇で知られています。
激しい砲撃により損傷した会津若松城。Wikipediaより
激しい戦闘の末、両軍ともに多数の戦死者を出しましたが、新政府軍は会津藩士の遺体についてはその埋葬を禁じ、野ざらしのまま犬やカラスの食い荒らすに任せるという辱しめを与えたとか。
そんなことをされれば、今なお会津の人々が薩長(現:鹿児島県&山口県)に対して複雑な思いを抱いてしまうのも無理からぬところでしょう。
しかし近年、この定説を覆す史料が発見されたそうで、真相はどうだったのでしょうか。