幕末の超イケメンとして知られる織田信福…実は爆弾テロ犯だった!? (3/4ページ)

Japaaan

「畏れ多くも天皇陛下を蔑ろにし、私欲のままに政治権力を独占している政府要人らを爆殺すべし!」

「えぇ、あなた!」

手作りの爆弾には、どれほどの威力があったのだろうか(イメージ)

かくして明治20年(1887年)、信福夫妻は同志らと共に爆弾を密造。義挙決行の時機を狙うべく上京しますが、テロ活動を阻止するために制定された保安条例の適用によって追放されてしまいます。

幸い爆弾は見つからなかったものの、成功の望みを失った以上、持っていても無用の長物。

「帰ろうか……」

「……えぇ」

信福らは帰り途上に爆弾を捨てていったそうですが、一ヶ所にまとめて処分しなかった辺り、せっかく作り上げた爆弾に再起の未練があったのかも知れません(あるいは、官憲に証拠をつかませないための用心だった可能性もあります。

エピローグ

その後、信福は歯科医に専念して大日本歯科医師会高知部会長や高知県歯科医師会会長などを歴任、高知県の医療充実に貢献しました。

一方、竹は明治21年(1888年)に高知婦人会を結成、女性の権利を求めて活発な言論活動を展開します。

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