【錦絵で見る明治維新】文明開化の明治時代、錦絵はジャーナリズムの役割も担っていた (5/6ページ)

Japaaan

《上野一覧内国博覧会之図》

《上野公園内国勧業第二博覧会美術館ならびに猩々噴水器之図》三代広重

鹿鳴館

明治16年(1883)、鹿鳴館で初の舞踏会が開催されました。

明治政府は欧米諸国との間の不平等条約を改正するため、日本が文明国であることをと見せようと豪華絢爛な洋館「鹿鳴館」を建設しました。

もとは迎賓館としての使用や、外国との社交場のために作られましたが、舞踏会や明治天皇の誕生日を祝う天長節をはじめとした国内行事、皇族や上流夫人の慈善バザーなども開かれました。

鹿鳴館を中心にした外交政策は「鹿鳴館外交」、欧化主義が広まった明治10年代後半は「鹿鳴館時代」と呼ばれます。

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