もうカタギに戻れない…殺人を犯した明治時代の美人芸妓・花井お梅の末路【下編】 (2/4ページ)
パパ活(※)で荒稼ぎしたおカネをこれでもかと貢いだものの、あっさりフラれてしまいました。
(※)第百三十三国立銀行(現地:滋賀銀行)のとある頭取に囲われていたそうです。
少しでも当てつけになればと源之助の付き人だった八杉峰三郎(やすぎ みねさぶろう)を下男に雇ったものの、源之助は見向きもしません。
「チッ、当てが外れたね……!」
ともあれ25歳になった明治20年(1887年)5月、日本橋浜町(現:東京都中央区)に待合茶屋「酔月楼(すいげつろう。水月とも)」を開店(※これもパパ活の成果)。
「よく頑張ったなお梅。これでお前も独り立ちだ!」
そうなると鬱陶しいのが、雇われているだけのくせに、隣で旦那ヅラをしている峰三郎の存在でした……。
峰三郎を刺殺、騒ぎ立てるマスコミ「あぁ……やっちまった……」
明治20年(1887)6月9日、ムメは峰三郎を刺し殺してしまいました(厳密には、逃亡後に出血多量で死亡)。