斬首くらいでスグ死ぬな!?武士道バイブル『葉隠』が教える豪傑たちの最期 (2/4ページ)
※『葉隠』巻第二より
【意訳】いきなり首を斬り落とされても、息絶える前にワンアクションくらいは何かできるはずである。
新田義貞(にった よしさだ)の最期がその証拠である(ただし、執念の甲斐なくそのまま倒れてしまったが)。また似たような事例として、大野道賢(おおの どうけん)のエピソードもある。
これらは「ただで死んでなるものか」という執念の賜物である。武士たる使命を果たすため、怨霊にも悪鬼にもなってやるとの決心があれば、首が落ちたくらいで死ぬはずはないのである。
……「そんな無茶な」とツッコミを入れずにはいられませんが、実際のところ例に挙がった新田義貞と大野道賢はどんな最期を遂げたのでしょうか。
義貞と道賢、それぞれの最期新田義貞は鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した南朝の武将で、後に室町幕府を開いた足利尊氏(あしかが たかうじ)のライバルとして有名ですね。
その最期は建武5年(1338年)閏7月2日、越前国藤島燈明寺畷(現:福井県福井市)で足利勢との交戦中に討死。眉間に矢が突き立ち、観念して自ら喉笛を掻き切ったと言われています。