男尊女卑が当たり前の江戸時代、数々の武勇伝を残した美人女伊達 「奴の小万」【前編】 (2/3ページ)
当世好男子伝 小三娘ニ比ス奴ノ小万 画:歌川豊国 国立国会図書館所蔵
お雪は享保12年(1727)浪速の豪商某の妾の子として生まれました。ほどなくお雪は島之内鰻谷、現在の大阪府大阪市中央区辺りの薬種屋を営む、これまた豪商の木津屋五兵衛の養女となります。
お雪の幼少の頃の姿を下記に引用させていただきます。
読み書きに優れ、箏や聞香にも通じ、雪のように色白で手足はすらりと長く伸びた美少女であったが、10歳の頃には習い事の合間を縫って柔の町道場に通う男勝り、背丈は5尺7寸というから173㎝の長身で、髪を結い簪(かんざし)を差すと鴨居を越して天井につくほどであったという(松井今朝子『奴の小万と呼ばれた女』より引用)
実際、お雪は大和郡山藩の家老で日本文人画の先駆者ともいわれる柳沢淇園に書画を学んでいました。
ただお雪は美少女であるにもかかわらず、身長173cmという背丈の高い大女というところが当時としては変わっていたのでしょう。現代ならばモデルなどという職業にむいている容姿なのでしょうが。
