男尊女卑が当たり前の江戸時代、数々の武勇伝を残した美人女伊達 「奴の小万」【前編】 (3/3ページ)
しかも江戸時代に少女が柔道を習うことを許されていたとは、きっと両親は困りながらもお雪を愛していたのでしょう。
その結果、お雪は世間の常識などにとらわれず、身長だけではなくその行動も型破りな女性として成長したのでした。
お雪が“奴の小万”となった事件
浪華百景幷都名所 なには百景の内 四天王寺東門 画:長谷川貞信 国立国会図書館デジタルコレクションより
16歳のとき、お雪は二人の腰元を従えて四天王寺の秋の念仏会に参詣に出かけました。
お雪たちが参詣の人で賑わう口縄坂を上る途中、屈強な二人組の悪党が坂の上から走ってきてお雪女の鼈甲の簪を奪い取ろうとします。
するとお雪は素早く男の手首を掴んで足を払い、男は坂道を転がり落ち下で待ち受けていた二人の腰元が男の股ぐらを蹴り上げました。(しかし二人の腰元も大したものですね。主人を守るためにこの位のことは身につけていたのでしょうか)
さらにお雪は懐を狙ったもう一人の男の手首をねじりあげ、男達はほうほうのていで逃げ出しました。
この様子を見ていた周りの人たちは大喜びして、お雪に拍手喝采の大騒ぎとなります。
腰元が着ていた紋付から、男たちを投げ飛ばしたのは“木津屋の娘お雪”と知られ、その武勇伝は尾ひれが付いてあっという間に大阪中に広まりました。
【中編】へ続きます。
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