男尊女卑が当たり前の江戸時代、数々の武勇伝を残した美人女伊達 「奴の小万」【中編】 (2/4ページ)
お雪の武勇伝の噂を聞きつけた人形浄瑠璃の作家が、なんと『容競出入湊(すがたくらべでいりのみなと)~奴の小万~』という人形芝居を作り、延享5年(1748)道頓堀の豊竹座で初春興行を行ないます。
さらに同じ年の七月には歌舞伎座でも『女尺八出入湊 黒船忠右衛門当世姿』という外題の公演をそれぞれ行い、“奴の小万”という主役を登場させましたた。
奴髻に尺八を持った“奴の小万”の大立ち回りは大当たりしてしまうのです。
何故、“奴の小万”という名がついたかというと、江戸の町に存在した「町奴」からきていると思われます。
