男尊女卑が当たり前の江戸時代、数々の武勇伝を残した美人女伊達 「奴の小万」【中編】 (3/4ページ)

Japaaan

「町奴」はお互いの“男伊達”を競い合い、男としての面目を保ち“弱きを助け強きをくじく”という心意気で江戸の町の人々から一目も二目も置かれる存在でした。

そんな「町奴」の心意気は、かよわいはずの娘が乱暴者の男達をなぎ倒すという女主人公に重なるのです。

“小万”という名は、お雪の実母の“万”という名前を元に名付けられました。

このように町の噂に芝居まで加わり、ついには東海道を股にかけた女侠客「奴の小万」の名前は大坂中に知れ渡り、作り上げられたお雪の姿が一人歩きしていきました。

お雪、京へ

お雪は豪商の木津屋の婿取り娘、つまり木津屋を継ぐ夫をみつけて結婚しなければいけない立場でした。

しかし、お雪の婿候補の男達はどれもこれも軟弱者。ついにお雪は“結婚はしない”と誓ってしまいます。

外出すれば“奴の小万”と呼ばれ、お雪は顔を黒く塗った上に白粉をはたく(!)という化粧をして町を歩くようになったりします。これはどういう意味なのでしょう。そんなに自分を持ち上げてくれるな、このような醜女だとでも言いたかったのでしょうか。

お雪は大阪中の人々が自分に“奴の小万”を重ねてくることに嫌気が差したのか、20歳になった頃、こうした騒ぎから逃れるように、京の御所に奉公に出ます。

お雪は公家長橋局の祐筆(書記係)となり、この頃に和歌や漢詩など雅な教養を身につけたと考えられています。

お雪・木津屋へ戻る

京の御所で奉公していたお雪は、木津屋の主・五郎兵衛の急死で大坂に呼び戻され、木津屋の女主人として大店を任されることになります。

御所勤めで5年間大阪を離れていたとはいえ、同業者の寄り合いでは“奴の小万”と色眼鏡で見られることも多かったようです。

そのような状況の中、正月の薬種業仲間の寄会でお雪は、19歳の木村孔恭と出会い意気投合します。孔恭は15歳で父親を亡くして商家の家業を継いだのでした。

お雪は孔恭の妻の示子とは幼馴染の間柄ということもあり、家族ぐるみで親交を重ねていくことになります。

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