男尊女卑が当たり前の江戸時代、数々の武勇伝を残した美人女伊達 「奴の小万」【後編】 (2/3ページ)

Japaaan

高野山の豊臣秀次『月百姿』月岡芳年 ウィキペディアより

高野山の豊臣秀次『月百姿』月岡芳年 ウィキペディアより

その後“関白秀次二百年忌大追善”を天王寺の月江寺で営んだ際には、にわか雨で困っている参詣人たちを見た正慶尼が、雨傘1000本を買いに走らせ人々に配ったといいます。

こういうところにお雪(正慶尼)の困った人たちを見過ごせない、心根の優しさを見るのは筆者だけではないと思います。

三好正慶尼は徳川家に憚ることなく豊臣方の冥福をおおっぴらに祈り供養するなど、世間を大いに驚かせました。

その後、居を“月江庵”と名付け、その門に自分で用意した棺桶を立て掛けて、人を集めて宴をしたり、遺産金を全て京都大仏に喜捨するなど、大胆で何かを卓越した人であったようです。

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