吉野七宝実 短大時代は「ボルダリング」にはまっていた (1/2ページ)

アサ芸プラス

吉野七宝実 短大時代は「ボルダリング」にはまっていた

テリー 出身は千葉県なんだね。どういう経緯で芸能界に来たの?

吉野 青山学院の女子短期大学に通っていた時に、当時の事務所の方に原宿で声をかけていただいて。大学時代は幽霊部員みたいな感じで、芸能活動は何もしなかったんですけど。で、会社を辞めた後で、もう1回チャレンジしようかなと思って。

テリー 会社って?

吉野 大学を卒業して、プログラマーになるような会社に1回就職したんです。でも、どんどん技術が発達していく中で、ついていけなくなって、3、4カ月ぐらいで辞めました。

テリー それはけっこう傷つくね。「あぁ、私って社会に適応できない」って。

吉野 凹みましたね。それでしばらく居酒屋のバイトだとか、フリーターをして。

テリー それでまた芸能界で頑張ろうと思って、グラビアを始めるの?

吉野 もともとは「スピーチーズ」っていう4人組のアイドルで、競輪場で歌ったり踊ったりしてたんですけど、当時AKB48さんとかのアイドルさんって、すごくグラビアをやっていて、「グループに入る」=「グラビアをやる」って勝手に思ってたんです。けど、そのグループが全然やらなかったので、「じゃあ、やってみようかな」と。

テリー ということは、「4人の中で私のオッパイがいちばんキレイじゃん」って自信があったわけだ。

吉野 正直、私よりいい体の子もいたので、それは全然思ってないです。ただ、そのほうがアイドルとして上手くいくのかなって、なんとなく始めたのが24の時ですかね。

テリー 20歳までは普通の学生でしょう。モテたよね。

吉野 いや、女子大だったので。

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