「いい子でいる必要はなかった」元球児の作家が見た「甲子園がなかった夏」(1) (2/3ページ)

新刊JP

彼らを取材した早見さんとしては、昨年よりもはるかに感染が拡大している今年開催できるのなら、去年もできたのではないかという思いがあるのではないですか?

早見:それは思います。去年甲子園がなくなって、3年生が「俺たちのぶんも、来年は甲子園に行ってくれ」、2年生は「3年生のためにも自分たちの代は甲子園に行こう」というやり取りをよく見ました。

でも、後輩たちが甲子園に行けたとして、それで去年の3年生が納得できるかというと、そんなことはないと思うんですよね。去年の段階ではそうでも言わないとやっていられなかったということなのかもしれません。それだけに、去年後輩たちに甲子園を託して引退した3年生が、今年の大会をどういう風に見て何を思っているのかはすごく気になりました。

――早見さんは神奈川の桐蔭学園高校で野球をされていたそうですね。デビュー作の『ひゃくはち』は当時の早見さんが野球に対して抱えていた屈託が投影された作品です。

早見:自分の高校野球が終わった時に、もう甲子園は二度と見たくないと思っていたのですが、『ひゃくはち』を書いたことで高校野球と甲子園への思いを全部吐き出して決着がついた感じがして、それからはまた見られるようになりました。

ただ、今回の本の取材で12年ぶりに高校野球の現場に行ってみると、全然自分の恨みが消えていないことを思い知らされました。だから、僕は当時の自分と同じ補欠の選手にすごく感情移入していた気がします。

――私も高校野球をやっていたので、「高校球児ほど本音を口にしない人間はいない」という早見さんの意見はよくわかります。私自身も周りの大人たちの顔色を見て発言していましたし、大人の前では「明るく素直な高校球児」を演じていた気がします。今回、愛媛県の済美高校と石川県の星稜高校を往復して両校の選手や指導者を取材するなかで、彼らの本音に迫るためにどんなことを心がけていましたか?

早見:「この選手は本音を言っている」と、僕が思った時点で足をすくわれるという思いは常にありました。

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