刺し殺した友人の肉を…奈良時代のやんごとなき貴公子・葦原王のエピソード (4/4ページ)

Japaaan

「死一等を減じ、種子島へ配流とする」

また、皇族の身分は剥奪されて臣下(臣籍降下)となり、竜田真人(たつたのまひと)という姓(かばね)を与えられます。

真人とは皇室の子孫であることを証し、竜田とは当時の都・平城京より近かった竜田山(たつたやま)と思われ、当地にゆかりがあったのかも知れません。

子女6名と共に種子島へ流されていった葦原王はそれっきり歴史から姿を消しますが、恐らく現地で野垂れ死んだのでしょう。

以上、文字通り「人を食った」葦原王の生涯をたどってきましたが、史料にはこのショッキングな事件を除いてほとんど記述がなく、それまではごく真面目な(そして目立たない)優等生だった可能性も考えられます。

「あんなに真面目でいい人が、何で……」現代でもよくある話し?

それが御使麻呂を殺して食った一件でにわかに騒がれるようになり、周囲の者が「そう言えば昔から凶暴だった」などと尾鰭をつけたのではないでしょうか。

日ごろ物静かで真面目な人がストレスをため続け、酒をキッカケに暴発した……それで殺人を正当化することなど出来ないし、ましてその肉を食らうなんて正常ではありませんが、少しは同情の余地があったのかも知れません。

※参考文献:
上田正昭ら監修『日本人名大辞典』講談社、2001年12月
宇治谷孟『続日本紀(中)全現代語訳』講談社学術文庫、1992年11月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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