「あの娘、生意気じゃない?」欲に目がくらんで同僚を惨殺した女官・長野女王のエピソード (3/3ページ)
「これで誰だか判らないでしょ……多分」
それでどうしてバレないと思ったのか、翌朝になると案の定、顔の皮を剥がされた無残な遺体が発見されます。
顔は判らなくても生きている者の点呼をとれば、いなくなった船延福女が遺体の主とすぐに特定され、彼女と同室であった長野女王と出雲家刀自女が真っ先に疑われるのは自明の理。
「「……はい。申し開きようもございませぬ……」」
かくして弘仁8年(817年)5月27日、二人は遠く伊豆国(現:静岡県伊豆半島)へ流罪となり、そのまま消息を絶ったということです。
※参考文献:
森田悌訳『日本後紀(下)』講談社学術文庫、2007年2月
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