戦時中にはスパイ容疑も。アメリカの大富豪に見受けされた祇園の名妓「お雪」の波乱万丈な生涯 (2/3ページ)
こうして1904(明治37)年1月、2人は横浜で盛大な結婚式をあげました。
その後お雪は夫とともに渡米し、パリに移住。長年パリ社交界の花形として活躍したそうですが、1925(大正14)年、突然夫のモルガンが心臓麻痺で急に亡くなってしまいました。
お雪はモルガンの死後、その遺言によりアメリカに帰化しようとしますが、前年に成立した排日移民法のためにアメリカに帰化することが許されませんでした。
お雪はその後、モルガンの遺族との裁判でかちとった遺産60万ドルの利子を携えて、フランスで悠々自適に生活。のちに、当地で出会った言語学者のフランス軍士官とマルセイユに移り、彼の学費などを援助しながら同棲生活を送ります。
ところが、その彼も1916(大正5)年に心臓麻痺で死亡。以後、ニースの別荘で一人暮らしをします。