剣豪集団・新選組は西洋式の軍隊だった!?土方歳三と二股口の戦いの前後から、その真相を読み解いた (1/6ページ)
二股口の戦い前史! 剣豪集団・新選組の副長 土方歳三
新選組の組織編成において、土方歳三は非凡な才能を発揮していました。
実際に歳三が組織した新選組について見てみましょう。
局長ー副長&総長ー副長助勤(組長)ー伍長ー平隊士まるで西洋軍団のような配置ですね。
通常、江戸時代の役職は複数制が原則です。
幕府の老中や若年寄を見ても、複数人が配置されていますよね。権力が集中することを防いでいるわけです。
しかし迅速な意思決定が出来ない分、スピードは落ちてしまいます。そこで意思決定の問題を解決したのが、西洋軍隊のような組織編成でした。
しかし歳三は、隊士たちに組織編成を馴染ませるためにある「工夫」をしています。
「局長」の「局」は、会津藩(藩主・容保は京都守護職)の一部署を指す言葉でした。
形式から見れば、隊士たちは新選組(初期は壬生浪士組)が会津藩の一部隊だと認識しますよね。
