炎上覚悟の不謹慎発言も本気!関東大震災後の東京を蘇らせた男、後藤新平が構想した「理想的帝都建設」 (3/5ページ)
そして就任した日の夜にさっそく復興の方針を構想し、『帝都復興ノ議』として提出します。
その中で、冒頭でご紹介した「震災を理想的帝都建設の為真に絶好の機会」だとする文言が出てきたのです。
しかしやりたい放題というわけにはいきません。反対勢力の猛反発に会い、予算も大幅カットを余儀なくされました。それでも後藤は当時の東京市長とともに復興のために邁進します。
実はあの渋沢栄一も、震災直後から全面的に後藤をバックアップしています。後藤は9月4日に渋沢に協力を求め、被災者の救護や経済対策について相談しています。渋沢は後藤の依頼をその場で承諾し、程なく罹災者収容や炊き出し、臨時病院の確保などに向けて動き出します。渋沢は当時83歳。日本橋で被災したものの、彼自身も罹災者の食糧確保や都市の保安のために直後から動いていました。
こうして復興は進んでいきました。