炎上覚悟の不謹慎発言も本気!関東大震災後の東京を蘇らせた男、後藤新平が構想した「理想的帝都建設」 (4/5ページ)
東京の大通りと言われて私たちがすぐに思い浮かべる幹線道路や墨田川の六橋、隅田・錦糸・浜町の三台公園が造られます。また神田駿河台、神田淡路町・須田町、浅草雷門、築地なども、震災後の区画整理事業で生まれ変わりました。交通網や下水道も整備されています。東京は以前よりも災害に強く、人間の命が守られる都市へと変貌しました。
きっと後藤の目には、震災直後の東京は瀕死の怪我人のように映ったことでしょう。しかし彼はやりました。一度は、壊滅した首都を捨てて「遷都」する案まで出た東京を、見捨てることなく救ったのです。
後藤の計画は壮大に過ぎ「大風呂敷」と酷評されましたが、しかし現在の東京の土台である部分が整えられたのは、ほとんど彼の実績です。医者・統治者・東京市長などの彼の経歴を見ると、全てはこの関東大震災の復興のために用意された運命だったのではないかと思わずにはいられません。
歴史的に、都市や人の生活は災害がきっかけで生まれ変わるとよく言われます。しかし、破壊されたものを現実的に蘇らせるのは、やはりナマの人間の行動力です。東日本大震災と原発事故から10年半が経った今、もしも現代に彼のような政治家がいたらその後の復興はどうなっていただろう? ついそんなことを想像してしまいます。