蘇我氏4代の墓を探る!初代・蘇我稲目(そがのいなめ)の墓は都塚古墳か?【前編】 (2/4ページ)

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この中から、用明・崇峻・推古の3人が天皇(大王)の位についています。

稲目は、朝廷の直轄地である屯倉の管理・経営を司り、王権の勢力拡大に大きく貢献しました。また、百済や高句麗出身の渡来人たちを活用し、朝廷経営を推進したともいわれます。

また、一説によると、蘇我氏は渡来人の知識を活用し、いち早く律令制による官僚制度の導入に力を注いでいたともいわれます。

日本の古代史上、欽明天皇から推古天皇までの世代は、その後の天皇を輩出した血統として認識されています。その王統に尽力した稲目は、その後の天皇(大王)家と蘇我本宗家の勢力拡大に大きな力をもった人物であったのです。

蘇我稲目の孫にあたる推古天皇。蘇我馬子・聖徳太子と政治体制を組んだ古代史上傑出した女帝だった。(写真:Wikipedia)

都塚古墳ってどんな古墳?

都塚古墳。一辺40mを越えるピラミッド状の方墳だった。

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