すべて悪霊の仕業!?平安時代、天皇陛下をボコボコにしてしまったトンデモ女官の逸話 (4/4ページ)

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エピローグ

その後、三条天皇は道長からの圧力によって第二皇子の敦成親王(あつひらしんのう。後一条天皇)に譲位させられ、間もなく出家。

寛仁元年(1017年)5月9日に崩御され、42歳の生涯に幕を下ろしました。

心にも あらでうき世に ながらへば
恋しかるべき 夜半の月かな

※『小倉百人一首』より、六十八番 三条院

【意訳】もはやこの世に未練もなく生きているが、今夜の月の美しさばかりは名残惜しい……

「古々路耳も あらてこの世に な可らヘハ 恋しかるへ支 夜半の月哉」菱川師宣『小倉百人一首』より

こちらは三条天皇が譲位に際して詠んだ御製(ぎょせい。天皇陛下の詠まれる和歌)ですが、権力を壟断する道長はじめ藤原一族との政争に疲れ果てた様子が偲ばれます。

(それでも私は、誰も傷つけたくはなかった。藤原家の壟断から、大切なものを守りたかった)

藤原一族の傀儡にはなるまいと、限られた状況下で苦闘し続けた三条天皇の生涯は、まるで民部掌侍に殴られ蹴られしながらも稚(いとけな)い童子を守り抜いた姿に象徴されるようです。

※参考文献:

繁田信一『殴り合う貴族たち』角川ソフィア文庫、2008年11月 堀江宏樹ら『乙女の日本史』東京書籍、2009年7月

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