首だけは戦場に残すまい!新選組「井上源三郎」の11歳の甥・泰助の気合っぷりが凄い (2/3ページ)
ガイドさんは、源さんが強くなかったとしたら、それほどまでに隊が結束しているだろうか?と。確かに…と思いました。
沖田総司も源三郎の稽古好きにはかなわないと語っていたそう。どっしりと芯が強く、間違いなく人徳もあったのでしょう。
11歳とは思えない胆力の甥・泰助源さんの甥っ子・井上泰助は源さんの江戸出張の帰りに、どうしても俺も行きたいということで、一緒に上洛してしまったそうです。その年、慶応三年(1867)年十月。上洛後は近藤勇の小姓を勤め、最後まで隊士とは認められませんでしたが、翌年の慶応四年一月の鳥羽・伏見の戦いに参戦。
そして源さんが討ち死にするのを目の当たりにします。
そしてそこからが凄い!
若干数えで11歳の彼、戦場の混乱のさなか「叔父の首だけは戦場に残すまい」と首を切るのを手伝って欲しいと周りに呼びかけたそうです。
そしてなんとか首をもって逃げ帰る途中、そのあまりの重たさに、やむなく実家の近くにあるお寺と同じ名前の「ごんじょうじ」の門前に埋めてきたそうです。置かれている状況や時代が違うとはいえ、戦地で自分の身の危険も顧みず叔父の首を切り落とし、さらに持ち帰ろうという気合っぷりがとても信じられるものではありません。
しかしその話を伝え聞いたのちの子孫たちは、泰助が「家の近くの寺と間違えてる」と思ってしまい、話半分で信じなかったそうです。跡取り息子の嫁の「おけい」さんは泰助の話を大事に伝え語ったそうですが、それも取り合ってはもらえなかった。
