願いが叶わないと斬首!江戸時代から伝わる”顔のない〇〇坊主”の宿命とは? (2/3ページ)
また川に流すというやり方も、おひなさまの風習と似ています。現代でこれを真面目にやるとしたら、川に流すと環境破壊になるのでゴミとして捨てるか、あるいは寺社でお焚き上げをするということになるでしょう。
さてそれでは、空が晴れずに雨降りのままだった場合、てるてる坊主はどのような運命をたどるのでしょうか? それは、「首をチョン切る」なのです。
そんなバカな、残酷すぎる……と思われる方もいるかも知れません。しかしこれはごく一般的なやり方なのです。実際、有名な童謡『てるてる坊主』でも、「それでも曇って泣いたなら そなたの首をチョン切るぞ」と三番の歌詞に書かれているのです。
この、意外に残酷なてるてる坊主という風習は一体どのような由来を持つのでしょうか?
てるてる坊主の由来は?もともと、てるてる坊主は平安時代に中国から伝わってきた「掃晴娘(サオチンニャン)」という女の子の伝説が由来だとされています。
この掃晴娘の伝説は、豪雨で都が滅びそうになった時に、一人の美しい女の子が生贄となって雨を止ませたというものです。掃晴娘のおかげで、空はまるでホウキで掃いたように晴れ渡り、そして残された人々は彼女が得意だった切り絵でもって偲ぶようになったのです。
だから「掃晴娘」と呼ばれており、中国では今も、ホウキを手にした掃晴娘の紙人形で晴れを願う風習があるとか。まるで斎藤隆介の童話を思わせるお話ですね。
一方、日本には昔から「雨乞い」や「日乞い」など、おまじないによって天候をコントロールしようとする儀式がありました。この儀式にちなんだ日本独自の伝承もいくつかあります。
例えば、こうした儀式には僧侶が関わることが多かったため、いつしか晴れを願うおまじないにはお坊さんを模した「坊主」の人形が使われるようになったのだ……という伝承があります。