これは驚き!江戸時代初期の蕎麦は、茹でずに蒸していたんだって
皆さんは蕎麦(そば)が好きですか?筆者は大好きです。夏は冷水でよく〆た盛り蕎麦で、冬は温かい汁(つゆ)で掛け蕎麦……いや、冬でも盛り一筋!というこだわり派もいることでしょう。
盛り蕎麦の器には大きく笊(ざる)と蒸籠(せいろ)の二つがあり、それぞれ蕎麦の風情を引き立てると共に水を切って麺の伸びを防いでくれるすぐれものですが、これらはどういう違いで使い分けているのでしょうか。
笊は茹で上がった蕎麦を釜から揚げて(すくい取って)から冷水で〆たままお客に提供した名残、そして蒸籠は文字通り蕎麦を蒸したまま提供した名残となっています。
かつて蕎麦は現代のような麺(蕎麦切り)ではなく、蕎麦の実を雑炊にしたり、練った蕎麦粉(蕎麦搔き)を焼いたりしていましたが、やがて饂飩(うどん)にならって麺打ちするようになりました。
しかし、蕎麦粉だけで打つ十割蕎麦は麺のつなぎ(形状のキープ)が難しく、茹でるとボロボロに崩れてしまうため、蒸し上げて食べたのです。
それでも食感はボソボソ、麺もブツブツ切れやすくてのど越しは楽しめませんが、茹でた麺に比べると蕎麦の香りがより強く残るため、蕎麦本来の風味を楽しむにはもってこいと言えるでしょう。
今回はそんな「蒸し蕎麦切り」をネタにした小噺を一つ紹介。いったい何が起こるのでしょうか。
「むしそば切」の代金を踏み倒そうとした男今は昔、武家の中間(ちゅうげん。下人)らしき男が浅草諏訪町(現:東京都台東区駒形)あたりを通りがかった時、蕎麦屋の呼び込みが聞こえました。
「蒸籠むしそば切、一膳七文」
そう言えば腹が減っていたので、一つ食って行こうと財布を確認したところ、銭がわずか十四、五文しかありません。
これでは二膳しか食えませんが、細かいことは寄ってから考えようと思ったのか、暖簾をくぐるよりも早く蕎麦の御膳が出てきました。
(品数が一種類しかないのでしょうか、いかにせっかちな江戸っ子も、これなら文句のつけようがありませんね。でも、そんなに早いということは、ほぼ作り置きな訳で……)
「美味い!」
あれよあれよと気づけば四膳も平らげており、これで代金は二十八文。改めて身の回りを探してみても、やはり他に銭はなく、手持ちは変わらず十四、五文。
(食ってしまったが銭は足りない……さぁ、どうしたものか)
よし、こうなったらと男は肚を決めて酒を追加で注文します。量り売りなのか、二十四文ぶんと酒を注文してこれも呑み干しました。これで合計五十二文。
(あぁ、食った呑んだ……)
そこで男は足元の地べたを這っていた馬陸(ヤスデ)という虫をつかまえ、半分ばかり食い残しておいた蕎麦の椀に放り込んで店主を呼びます。
男「おい、この辺りには馬陸が多いのか(原文:このあたりには、やすでといふ虫多くありや)」
店主「へぃ、多うございます(原文:なるほど、大分ござります)」
男「馬陸は踏んづけると変な匂いを発する毒虫じゃな(原文:あれは、ことの外くさきものにて毒なり)」
店主「へぇ、お世辞にも香(かぐわ)しくはありませんな(原文:なるほど、くさきものにてござる)」
そこで男はドヤ顔で馬陸の入った蕎麦椀を突き出して示しました。
「そんな毒虫を蕎麦切に入れて、人に食わせるとはどういう了見だ。こんなサービスの悪い店に、鐚(びた)一文も払えるか!」
【原文】「さやうなる毒、そば切に入れ、人に食はせてよきか」とさまゞゝねだり、「代物一文も置くまじき」といふ。
……要するにイチャモンをつけて飲食代を踏み倒そうとしたのですが、こんな手合いには慣れたもの、店主は毅然と反論します。
言いがかりをつけて店を出ようとする男と、引き止める店主。『かの子ばなし』より
「そういう三文芝居は余所でやんなさい。ここらじゃ子供も騙せませんぜ」
【原文】「さやうのわやは、外にて申されよ。このあたりにては無用」
アテが外れて出鼻を挫かれた男は逆ギレしますが、それでも店主は動じません。
「表の看板をよくご覧なさい。『むしそば切』と書きつけてあるでしょう。虫が入っていても問題ありません」
【原文】「その方には表の看板を何と見られ候や。『むしそば切』と書付けたり。虫はありても苦しからず」
いや、もし虫が混入していたら問題大アリでしょうが、今回は単なる言いがかり。
「答えられたら、お代はいただきませんが……まだ何か、言いたいことは?(原文:この返答し給はば、代物一銭も取るまじ)」
店主に完全論破されてしまった男は、自分の非を認めます。
「参りました。私は油虫でございます(原文:その儀ならば、我等をば、あぶらむしにし給へ)……」
油虫とは植物にびっしりと集(たか)る習性から(他人に金銭などを要求する)タカリ屋の隠語で、言いがかりをつけて蕎麦や酒をタカろうとしたことを誤ったのでした。
ここで話のオチですが、恐らく男は有り金をすべて払った後に、不足分は皿洗いなどして穴埋めさせられたのでしょう。
終わりに以上は江戸時代、元禄3年(1690年)ごろに発行された『かの子ばなし』に収録されたエピソード(けんどんは時の間の虫)ですが、料理にわざと虫や異物を忍ばせて代金を踏み倒そうとする手口は昔からあったんですね。
ちなみに馬陸(ヤスデ)とは蜈蚣(ムカデ)を小型化したような虫で、踏んづけると異臭を発するものの、特に毒はなく、手に持つなどするとくるっと丸まって身を守る様子が、子供のころは愛らしく思ったものでした。
今では製麺技術の向上によって十割蕎麦も当たり前に楽しめるようになりましたが、蒸した蕎麦切の味わいも、機会を作って体験してみたいものですね。
※参考文献:
鈴木健一『風流 江戸の蕎麦 食う、描く、詠む』中公新書、2010年9月
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