死んだ方がマシだった?大坂城を脱出した淀殿の悲劇的な生存説を紹介 (2/4ページ)
(皆の者……)
せめて母には助かって欲しいと言う秀頼最期の願いを聞き入れたのか(あるいは秀頼も別の生存説に従ってどこかへ脱出したのか)、後ろ髪を引かれる思いで遠路はるばる秋元領の上州惣社(現:群馬県前橋市)を目指します。
「さぁ、間もなくにございまするぞ……」
「……ご苦労」
果たして惣社に匿われた淀殿は、かつての栄華にこそ及ばないものの、越中守の歓迎を受けて、何不自由なく余生を送るのかと思われましたが……。
辱しめに耐えられず……「何をする、この無礼者め!」
身柄を保護されてから間もなくして、淀殿は越中守によって手籠めとされてしまいます。
「そなたが悪いのじゃ。我が想いを知りながら、それを受け入れなかったのだから……」
越中守が淀殿を助けたのは、単に我がものとしたかったから。彼女(永禄12・1569年ごろ生まれ)は落城時点で47歳。かつてほどではないにせよ、その美貌は十二分に人を惹きつけたようです。