鬼平以上に恐ろしい?江戸時代、火付盗賊改方として活躍した横田松房の拷問 (2/3ページ)
そして天明4年(1784年)に御手先弓頭、火付盗賊改方に就任したのですが、古来「朱に交われば赤くなる」と言うように、日頃から凶悪犯を取り締まってばかりいたせいか、自然に性格も苛烈になってしまったようです。
石抱きに一手間かけて……泣く子も黙る「横田棒」「手ぬるい!もっと厳しく責め上げよ!」
囚人の自白を促すため、拷問にもより苦痛を与えられるよう創意工夫を凝らしたと言いますが、その一つとして威力を発揮したのが「横田棒(よこたぼう)」。
「それは?」
「これを膝の裏に入れて、石を抱かせれば……フフフ」
ご存じ石抱き(別名:石責め、算盤責め)とは洗濯板状の板に囚人を正座させ、その膝上に重石を乗せて脛を痛めつける拷問。
その正座している膝の裏に棒を入れることで、囚人の脛だけでなく太腿にも苦痛を与えられるというスグレモノ?です。
「ヒえぇ……」
果たして横田棒が導入されたことにより、石抱きの苦痛はみごとに激増。囚人は震え上がったと言いますが、過ぎたるは猶及ばざるが如しとはよく言ったもので、苦痛に耐えかねた囚人の死亡が相次いでしまいます。
「拷問は自白を引き出すのが目的であって、殺してしまっては意味がないわい」
という訳で間もなく横田棒の使用は禁止され、平常モードでの石抱きが再開されたという事です(それでも十分過ぎるほどの苦痛ですが)。