鬼平以上に恐ろしい?江戸時代、火付盗賊改方として活躍した横田松房の拷問 (3/3ページ)

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エピローグ

しかしそれでも拷問の激しさは変わらず、毎年夏になると囚人たちの傷口が膿んで蛆も湧いてきます。苦痛の余り垂れ流された汚物なども、想像を絶するものだったことでしょう。

かくして拷問場を兼ねていた源太郎の屋敷からは異臭がただよい、近隣の者たちはそろって屋敷の配置換えを希望したのでした。

「何だまどろっしい。そんなモン、拷問にかけりゃいいだろうが!」…なかなか性格が改まらなかった源太郎(イメージ)

明けて天明5年(1785年)、作事奉行に昇進して火付盗賊改方をお役御免となった源太郎でしたが、どうも凶悪犯を取り締まっていた頃の癖が抜けず、殺伐とした言動が目に余ったため、天明7年(1787年)には新番頭に左遷されてしまいます。

そして寛政12年(1800年)1月8日、57歳で世を去ったのですが、あの世では少しでも安らかに過ごして欲しいものですね。

※参考文献:

高橋義夫『火付盗賊改 鬼と呼ばれた江戸の「特別捜査官」』中公新書、2019年2月 丹野顯『江戸の名奉行 43人の実録列伝』文春文庫、2012年12月

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