吉原よりも人気スポット!?江戸時代に存在した湯女風呂「丹前風呂(たんぜんぶろ)」とは? (2/3ページ)
女性たちは容姿が美しく、丹前風呂は江戸の中心部にあったことから、遠くの吉原よりも気軽に客が訪れ、人気の場所となりました。
丹前風呂だけではなく、他の湯女風呂も大きな発展を遂げたことから、幕府は1637年(寛永14年)に1軒ごとの湯女の数の制限などを設けましたが、徹底されなかったといいます。
美貌の湯女・勝山なかでも有名な湯女が、勝山(かつやま)と呼ばれる女性です。
きれいな人が多かった湯女のなかでも取り分け美しかった勝山は、客からたいへんもてはやされたと言います。
丹前風呂(たんぜんぶろ)から生まれた数々の流行とは?丹前風呂は単なる風呂屋ということにとどまらず、多くの文化や流行を生み出す場所でもありました。
例えば、風呂に通う遊客のなかでも特に侠客、遊冶郎と呼ばれた人々の粋なスタイルは丹前風や丹前姿などと呼ばれました。