吉原よりも人気スポット!?江戸時代に存在した湯女風呂「丹前風呂(たんぜんぶろ)」とは? (3/3ページ)
また、厚く綿を入れた上着である褞袍(ドテラ)のことを「丹前」と呼ぶのも、勝山や彼女に影響を受けたひいき客らが着ていたことが由来となっています。
丹前風呂(たんぜんぶろ)の終焉大きな発展を見せた丹前風呂ですが、明暦の大火のあとに徹底した取り締まりを受けました。
明暦の大火…俗に言う「振袖火事」は武家の失火?はたまた都市計画のために幕府が仕向けたもの?幕府は200軒にもわたる風呂屋の経営を禁止し、業者たちは廃業に追い込まれました。そこの湯女たちは、その後吉原に行くことになりました。
いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも歴史に興味を持つきっかけになれば嬉しいです。
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