推しメンは誰?もはや地下アイドル!?知られざる江戸時代の遊郭事情 (2/4ページ)
太夫は揚屋と呼ばれる宿に居り、自分が相手をする客の品定めをすることもあったとされています。
太夫はのちに花魁(おいらん)と呼ばれます。
一部の上流階級の人々の前にしか姿を見せない高嶺の花でもあった、教養と美貌を兼ね備えた美女、花魁は、憧れの対象でもあったとされています。
実際、文化芸能を極めた太夫によって、歌舞伎や芸事、言葉遣いやファッションといった最先端の日本文化の礎が生まれた、とも言われています。
太夫の次に位置するのが格子太夫(こうしたゆう)です。格子の中で着飾って客引きしたことから、格子太夫と呼ばれと考えられています。
最下位は端女郎(はしじょろう)、切見世女郎、もしくは鉄砲女郎と呼ばれます。安価にたくさんの客をとって収入を得ていました。
そのため性病に感染しやすく、自身が命を落とすのみならず、客に感染させることもあたっため、差別の対象となったとも言われています。
華やかで夢を売る遊郭は、壮絶な階級付と差別の構造を内包していました。ただこの厳しい序列があったからこそ、遊郭の格や品質が保たれていた側面も否めません。
商人の台頭とコスパ至上主義上級武士の遊び場であった遊郭は、時代が降り、武士の権威が低下するにつれて様相を異にしていきます。
そして新たに台頭してきたのは、商人でした。
武士が格を重んじたのに対し、商人はコストパフォーマンスの高さにこそ価値を見出しました。品格よりも少しでも安く、少しでも良いサービスを受けたい。
変わっていく客層。