僕たちが身代わりに…奈良時代、父の釈放を求めて天皇陛下に直訴した子供たち (2/4ページ)
※『続日本紀』養老4年6月28日条
石勝には三人の息子がいましたが、このままでは誰も養ってくれず、飢え死にしてしまう……それならいっそと思ったのか、あるいは純粋に父親を助けたかったのか、長男の丈部路祖父麻呂(おおじまろ)は、弟の丈部路安頭麻呂(あずまろ)、丈部路乙麻呂(おとまろ)を連れて、天皇陛下に直訴したのでした。
決死の覚悟で直訴状を差し上げる丈部路祖父麻呂。菊池容斎『前賢故実』より
「父石勝、己らを養はむが為に司の柒を盗み用ゐる。その犯せる所に縁りて遠方へ配役せらる。祖父麻呂ら、父の情を慰めむが為に死を冒して上陳す。請はくは、兄弟三人を没めて官奴とし、父の重き罪を購はむことを」
※『続日本紀』養老4年6月28日条
【意訳】父は僕たちを養うために役所の漆を横領し、その罪で遠方へ流されると聞きました。僕たちは父に少しでも恩返しのため、死罪を覚悟で申し上げます。どうか僕たちを官奴(かんぬ)とする代わりに、父を許して下さい。