僕たちが身代わりに…奈良時代、父の釈放を求めて天皇陛下に直訴した子供たち (1/4ページ)
「どうか見逃して下さい、家でお腹をすかせた子供たちが待っているんです……」
ひと昔前のドラマなんかで、捕まったコソ泥がお涙頂戴(情状酌量)を狙って放つこのセリフ。確かに、困窮のあまり犯罪に手を染めてしまう者は、いつの時代も絶えないようです。
「旦那、見逃して下せぇ、家には腹を空かせた子供たちが……(いないけど)」情に訴える泥棒(イメージ)
今回は奈良時代、そんな親子のドラマを紹介。果たして彼らに、どんなお裁きが下ったのでしょうか。
父石勝、己らを養はむが為に司の柒を盗み……時は養老4年(720年)6月28日、大蔵省漆部司(ぬりべのつかさ)で令史(さかん)を職にあった従八位上の丈部路忌寸石勝(はせつかべのみちの いみきいわかつ)が、同僚の秦犬麻呂(はたの いぬまろ)と共に職場の漆を横領、転売することで糊口をしのいでいました。
しかし天網恢恢とはよく言ったもので犯行はすぐに発覚、両名ともに流罪の判決が下ります。
柒部司令史従八位上丈部路忌寸石勝、直丁泰犬麻呂、司の漆を盗めるに坐(つみ)せられて並(ならび)に流罪と断ぜらる。