そりゃ祟りたくもなる…”毒親育ち”の崇徳天皇が最恐の祟り神になってしまった理由 (4/4ページ)
冷遇されても家族を想い続けていたはずの崇徳天皇ですが、拒絶された途端に豹変する二面性もあったようです。
おわりに昼ドラ顔負けのドロドロな家庭環境に生まれ、毒親の元に育った崇徳天皇。和歌を読んだり写本に没頭するなど文化に興じる穏やかさと、自傷行為と共に罵詈雑言を尽くして人を呪う猟奇的激しさ。
極端な二面性を内包した崇徳天皇は、その死後、祟り神となりました。しかし今では、悪縁を断ち切り良縁を結ぶご利益をもたらす神として祀られています。
崇徳天皇の魂を鎮めるために創建された白峯神社をはじめ、京都の有名な縁切り神社である安井金比羅宮が有名です。
切っても切れない悪縁を断ち切りたい!崇徳天皇の御霊を祀る「安井金比羅宮」
家族から縁を切りたいと望まれても必死に家族にしがみつき、忌み嫌われながらも受け入れられたいと願い続けた崇徳天皇が、縁切りと縁結びに携わる皮肉に、心が痛みます。
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