ビートたけしに救われた町は、今―― 「ここに来れば、幸せになれる」熊野前商店街に残る思い (3/4ページ)
そのときは全国から人が来ていましたね」(瀬田理事長)「テレビで流していましたからね。熊野前で販売しますって。すごい反響がありましたよ」(石坂副理事長)
――番組のブームが過ぎ去った後、人出に変化はあったか
「番組とかイベントがどうこうって話ではなくて、景気の流れが悪くて、人の流れがなくなってしまいましたね。ただ、しばらくは番組のブームの尾を引いていましたね」(石坂副理事長)
――番組の余韻が残っていたことで影響はあったか
「ブームの尾を引く程度でも、影響はあったと思います。飲食関係は特に番組の影響で潤っていたんじゃないでしょうか」(石坂副理事長)
――2021年現在でも影響は残っているか
「今でも『たけし猫招き』を見に来る人が時々いますね。写真撮っていっていますよ。あと、番組がきっかけかわかりませんが、『復興広告計画』が放送されたのを境にCMにドラマ、映画とロケ地で使われる機会が多くなりましたね」(石坂副理事長)テリー伊藤さんが熊野前商店街を選んだ理由
瀬田理事長、石坂理事長と話をするうち、「復興広告計画」の舞台になぜ熊野前商店街が選ばれたのかも見えてきた。
――「元気が出るテレビ」に出たことで変わったことがあるか
「番組が理由ではないんですけど、たまたま放送を境にして商店街の建物とか道路、街路灯が全部新しくなりました。番組をやる前から元々新しくする計画があったんです」(瀬田理事長)
――商店街が新しくなる計画を狙って熊野前商店街が企画に選ばれたということなのか。
「いやいや、それは違うんです。番組の演出をやっているテリーさんが、この商店街にある床屋の長男坊と中高の同級生で、大変仲が良かった。それでテリーさんは学生時代、しょっちゅう熊野前商店街に遊びに来ていたんです。テリーさんは本当に面白い企画をテレビでやってきましたけど、その一環で『熊野前でやらせてくれないか。