綾小路きみまろ、71歳元気の秘訣「コロナ禍の過ごし方」「こんなお客さんに困った」初笑いインタビュー (1/2ページ)
中高年の悲哀をネタにした毒舌漫談で一世を風靡した綾小路きみまろ。コロナ禍によるステージの中止などで、一時は窮地に追い込まれたが、紆余曲折を経て完全復活! 今回は、そんな“中高年のアイドル”に、生涯現役の秘訣を聞いた。令和4年を明るく笑って過ごすには?
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ーーコロナ禍で、何か変化はありましたか?
綾小路 テレビではなく舞台がメインなので、仕事が激減しました。私だけでなく、スタッフの仕事までなくなったのはつらかった。感染が落ち着いて、舞台に立てるようになっても、客席の1列目を空けて、お客さんはマスク着用。中にはフェイスシールドをつけてた人も。笑い声も上がらないので、客席がずいぶん遠く感じましたね。
ーーやりづらくなったんですね?
綾小路 はい。演芸はお客様とのキャッチボールなので、呼吸を合わせないと成り立たないんです。顔が見えないと、お客様の心が読めないので、とても大変です。そもそも、マスクで顔の下半分が隠れると、オジサンもオバサンも区別がつきません(笑)。耳についているイヤリングを見て、やっと「女性なんだ」と気づくくらい。今では笑い話ですが、当時は精神的に参ってしまいました。
ーー舞台以外は、何をされていたんですか?
綾小路 令和2年2月の宮古島でのライブを最後に、富士山のふもとで、畑仕事に精を出していました。実は、40代の頃にスローライフに憧がれて、山梨に家を建てたんです。忙しくて全然、行けてなかったので、コロナ禍を“休憩のタイミング”と捉え、その土地に本格的な農園を作ることにしました。
ーーなぜ、畑仕事を?
綾小路 もともと、鹿児島の農家の生まれなんです。おまけに土地も持っていた。そんな私に時間ができたら、“農家”になるしかないでしょう(笑)。今やマイクを鍬に持ち替えて、ナスやカボチャを、せっせと作っています。