御家人の心を鷲掴み!鎌倉幕府 初代将軍・源頼朝の神対応エピソード (3/4ページ)

Japaaan

はたで聞いても「え……それだけ?」もしくは「あ、そう。まぁよかったね」くらいしかリアクションのとりようがない話です。

しかし行平はこれを源平合戦や奥州征伐、そして頼朝公の死後に勃発した比企の乱における武勇伝と同列に語っており、彼にとっていかに頼朝公の存在が偉大であったかがよく解ります。

小代八郎行平ハ参リタルカ……

また、建久4年(1193年)の3月21日から4月28日にかけて、頼朝公が下野国那須野や信州三原へ巻狩に出た折のこと。

狩場への道中、頼朝公はふと思い出したように「そう言えば今回、行平は来るのか?(小代八郎行平ハ参リタルカ)」と尋ねたところ、侍所所司を務めていた梶原景時(かじわらの かげとき)が答えます。

歌川国貞「梶原景時」

行平ハ御堂 興仏寺是也 造立、明日供養ニテ候間、彼ノ営アルニ依リテ、遅参仕マツリテ候

※沙弥宗妙小代伊重置文より

【意訳】行平は建立していた菩提寺(興仏寺)が完成して、明日は記念法要の斎主を務めるため遅れるそうです。

一族の菩提寺を建立し、祖先を供養するとは見上げた心がけ……景時の報告を受けた頼朝公は

其儀ナレバ近隣ノ者ノハ皆ナ、行平ガ御堂供養ニ逢ヒテ後チ参ル可キ由

【意訳】そうか。

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