御家人の心を鷲掴み!鎌倉幕府 初代将軍・源頼朝の神対応エピソード (4/4ページ)
だったら行平の近所連中に『行平の記念法要に参列してからこっちへ来い』と伝えよ。
そう命じて、使者となった梶原景茂(かげもち。景時の三男)に建立祝いとして名馬を届けさせたのでした。
果たして巻狩に合流した行平がお礼を述べると、頼朝公は菩提寺がきちんと運用できるよう所領を与え、重ねて面目を施したということです。
めでたし、めでたし。
以上、小代行平を感激させた頼朝公との思い出を紹介してきました。
『吾妻鏡』を見る限り、この両者は特別な関係にあった訳ではなく、あくまで主君とその他大勢に過ぎません。
稀代の人誑(たら)しでもあった頼朝公。その人間的魅力が、御家人たちをして天下を獲るらしめた。
それでも頼朝公は一人々々を軽く扱うことなく、折に触れてこうした心遣いを見せたことで、御家人たちを魅了したのでしょう。
(記録に残っていないだけで、他の者たちにもこれに類いする扱いをしていたものと推察できます)
何かと冷徹、陰険なイメージを持たれがちな頼朝公ですが、こうした一面も見直されて欲しいところです。
※参考文献:
細川重男『頼朝の武士団 鎌倉殿・御家人たちと本拠地「鎌倉」』朝日新書、2021年11月 石井進『鎌倉武士の実像』平凡社、2002年11月 熊本県『熊本県史料 中世篇 第1』熊本県、1961年1月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan