【日中翻訳フォーラム】2022 年第一回日中翻訳フォーラム、オンラインで開催 (1/2ページ)
2022 年第一回日中翻訳フォーラムが 1 月 23 日、オンラインで開催された。基調講演として、日中翻訳学院院長の高橋弥守彦先生から「中日両言語の重複表現について」というテーマで講演が行われた。
【日中翻訳フォーラム】2022 年第一回日中翻訳フォーラム、オンラインで開催
【日本僑報社発】2022 年第一回日中翻訳フォーラムが 1 月 23 日、オンラインで開催された。
基調講演として、日中翻訳学院院長の高橋弥守彦先生から「中日両言語の重複表現について」というテーマで講演が行われた。日中言語における重複表現の比較と、その違いが生じた理由を紹介した後、重複表現になっている中国語文を一文ごとに例示し、日本語訳を検討していった。
続く第二のパートでは、「翻訳デビュー体験談」として、中国書籍からの訳書を刊行する予定の平松宏子さんが、翻訳作業の体験談とともに後進へのアドバイスを提言した。
高橋先生の「中日両言語の重複表現について」講演概要は下記の通り。
中国語の重複表現は意味上の重複“沉默寡言”と構造上の重複“无论……,无论……,更无论……”とに大別できる。どちらも文意を分かりやすくし、リズムを整える重要な要素となっている。日本語は重複表現をそのまま訳すと冗漫になるので、避けられる傾向にある。それでは、どのような理論に基づき、どのような日本語に訳せばよいのだろうか。
中日両国にある「対の文化」と「非対の文化」は文章にも反映される。日本では、代表的な漢詩として、李白の五言絶句《静夜思》や杜甫の七言絶句《春望》が挙げられ、俳句としては芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」や短歌では阿倍仲麻呂の「天野原ふりさけみれば春日なる三笠の山にいでし月かも」が挙げられる。両者の違いは一言で分かりやすくいえば、漢詩は起承転結のある四コマ動画(漫画)であり、俳句や短歌は中心となるところにスポットを当てる一枚の絵(写真)である。
中日両国では書きつける対象物の有無により、中国語は書き言葉として発達し、日本語は話し言葉として発達する。しかし、一字で一つの意味概念を表す中国語は、話し言葉としては分かりにくいので、単語は一文字(“学”)から二文字化へと(“学习”)進む。