妙好人の中でも際立った存在感を放つ讃岐の庄松の驚くべき信仰態度 (3/4ページ)

心に残る家族葬

庄松はとにかくあちこちの寺に逗留しており、法座を開いて教えを説くこともあれば、寺男として雑用をこなしたりもした。庄松にとってはどちらが上も下もない。阿弥陀仏に救われながら自由な日々を送っていたのだった。

■庄松大往生

そんな庄松にも極楽往生の時が訪れる。見舞いに来た同行(信者仲間)たちが、庄松が死んだら墓を建ててあげようと言うと「俺は石の下にはおらぬぞ」と言った。すでに阿弥陀仏に委ねている、つまり死ぬまでもなく往生している身なので、墓のに中にいるはずがないのである。墓の中にいないといえば「千の風」を連想させるが、あの文学的な死生観とは異なる、宗教的境涯と言わなければならない。庄松には阿弥陀仏という明確な、誰よりも頼り甘えられる他者がいたのだった。

いよいよ臨終が近くなった庄松は縁者、同行に蓮如(1415〜1499)が教義を手紙の形で分かりやすく書いた「御文章」を拝読してもらった。修行をしない真宗では聴聞を非常に重視する。庄松は御文章を聴聞して「ああ、じょうぶじゃじょうぶじゃ」と喜んだという。「じょうぶじゃじょうぶじゃ」には、何ともいえないしみじみした味わいを感じる。まさに大往生であった。

■庄松に学ぶこと

現代人が庄松のような境涯になるのはほぼ不可能だ。多くは知性、知識、教養を捨てたくはない。それはいかに自分が賢しらな世間の常識に執着しているかということに他ならない。もっと楽に生き、楽に死ねればと思いつつ、様々なものを抱えて捨てられない。私たちは庄松に比べ遥かに賢く裕福なはずなのに、庄松の足元にも及ばない凡夫なのだ。金も地位も知識もなく、救いと安心の生涯を全うした庄松ら妙好人の人生は、現代でこそ生きてくるのではないだろうか。

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