日本もアメリカ本土を攻撃していた…知られざる太平洋戦争時の「爆撃合戦」 (2/5ページ)
この攻撃は、純粋に破壊や殺戮が目的だったのではなく、早期講和に向けた「脅し」「揺さぶり」だったのではないかと考えられます。
砲弾も大した数ではなく、不発に終わったものも多くありました。またアメリカの試算によると、この時の被害総額はなんと「500ドル」だったとか。
とはいえこの攻撃により、カリフォルニア市民はおびえました。州はロサンゼルスとサンディエゴに灯火管制を敷き、日本からの攻撃に備えたといいます。
アメリカからも称賛!?2度目のアメリカ本土への攻撃は、エルウッド製油所への攻撃から4ヶ月が過ぎた6月21日に行われました。潜水艦「伊25」が、コロンビア川の河口に建てられたオレゴン州アストリア市のフォート・スティーブン陸軍基地を攻撃したのです。
ただ、この攻撃は失敗と言ってもいい結果に終わりました。潜水艦からの砲撃は行われたものの、基地が照明を落としたので狙いが定まらず、与えた被害と言えば電話線が切れて指揮系統が混乱した程度だったようです。
逆に、米軍は空からライトを照射して伊25を補足しようとします。伊25は撤退を余儀なくされました。
いずれの攻撃も死傷者は出ていませんが、アメリカに対してはかなりの恐怖心を植え付ける結果になったようです。
そして3回目の襲撃です。これが、アメリカが受けた歴史上唯一の「空爆」に当たる攻撃で、1942(昭和17)年9月9日、潜水艦「伊25」に搭載された零式小型水上偵察機によって西海岸側から行われました。
この時、偵察機に乗っていたパイロットの名は藤田信雄飛行兵曹長。