やっておしまい!夫の浮気相手に八つ当たり…平安貴族の「後妻打ち(うわなりうち)」エピソード (2/3ページ)
(コトバンクより)
源兼業の未亡人を襲撃時は平安中期の寛弘7年(1010年)2月、鴨院西対(かものいん にしのたい)に男女30名が乱入。屋内を散々に荒らし回り、財物や雑物を破壊・略奪するという事件が発生しました。
犯人たちの身元を調べると、いずれも藤原教通(ふじわらの のりみち)の随身や下女たちで、首謀者は教通の乳母・蔵命婦(くらの みょうぶ)とのこと。
「犯行の動機は何なのだろうか……」
当局による事情聴取の結果、どうやら犯人たちの目的は西対に住んでいた亡き源兼業(みなもとの かねなり)の妻に対する嫌がらせということでした。
「あぁ……そういう事情か……」
近ごろ彼女の元へ、蔵命婦の夫である大中臣輔親(おおなかとみの すけちか)が通い始めたのです。
それを妬んだ蔵命婦が教通に依頼、乱暴狼藉に及ばせたのでしょう。
「中将(ちゅうじょう。教通)殿。あなたが私のお乳で成長したこと、よもやお忘れではありますまいな!?」
後ろ盾次第では産みの母よりも頭の上がらない乳母にそう言われては、教通もやらざるを得ません。
「しかし、斯様なことをしでかしては……」
「大丈夫。