「鎌倉殿の13人」あの襲撃事件の黒幕は?源頼朝の命を狙った長狭常伴のエピソード (3/4ページ)

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「迎えに来いとは、生意気な……」事と次第によっては頼朝を討つ気満々の上総介広常。歌川芳虎「大日本六十余将 上総介広常」

「源氏の棟梁を自称するボンクラが、生意気にも臣従せよと言うて来おった……どれ、一つ小手調べと行こうかい」

運よく生き延びれば考えてやらんでもないし、死んでしまえば手間が省けてちょうどいい……と思ったかどうだか、この「運試し」を頼朝や義時たちはくぐり抜けます。

エピローグ・復讐に燃える者たち

常伴の死後、安房国の豪族たちは多くが頼朝陣営に加わっていることから、長狭氏は国内における平氏政権支持の主導権を握っていたものと考えられます。

いわば重石がとれた豪族たちは、いざ頼朝に味方しようと世論が傾いたのでしょう。

しかし常伴を討たれた怨みは消えず、その後も縁者らによる復讐未遂が相次ぎます。

治承4年(1180年)10月3日には上総一族の伊北常仲(いほう つねなか)が頼朝への復讐を企んで千葉介常胤(演:岡本信人)に討たれました。

頼朝の暗殺に失敗した左中太常澄。

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