【平安京の事件簿】惨殺され、野犬に食われた皇女の遺体…犯人が供述した黒幕は? (3/3ページ)

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まぁ、アイツなら命じかねない……日ごろの振る舞いから誰もが納得したものの、その動機は何でしょうか。

仮に道雅が隆範に何かを盗ってくるよう命じたとします。忍び込んだ隆範が、犯行を目撃した女房を口封じのために殺した、とするのは少し不自然です。

見つかりたくないのであれば、一刻も早く現場からの逃走を図るでしょう。女房の遺体をわざわざ路上に引き出すのは、見つかるリスクを高めるばかりで何のメリットもありません。

「となると、単なる物盗りではなく、女房自身が標的だった可能性もあるな」

では、道雅が女房に殺意を抱いたのはなぜか……彼女にフラれでもしたか、あるいは父から家督を奪って一家を没落せしめた道長を脅すため、その娘である彰子の身近な者(殺せるなら誰でもいい)を害したかった可能性も考えられます。

もし脅し目的であるなら、殺害した女房の遺体を路上に引き出して野犬に食わせ、惨たらしさを高めるのはより効果的と言えるでしょう。

スッキリしない幕切れ

……が、隆範はそれ以上自白せず、犯行の動機などについては頑として口を割りません。

太々しい態度の隆範(イメージ)

そればかりか、7月28日には盗賊の首領と名乗る者が検非違使庁へ自首したため、隆範に対する取り調べは中止に。その首領とやらについても結局どんな処分が下されたのか記録がなく、すべてうやむやになってしまったのでした。

「悪とは申せ三位は三位。しかるべき方面から手が回されたのやも知れんな……」

しかし流石にお咎めなしではなかったらしく、翌万寿3年(1026年)に道雅は左近衛中将と伊予権守を罷免され、右京権大夫に左遷されます。

これで殺された女房が浮かばれるはずもありませんが、理不尽な事件に憤る者たちにとって、せめてもの一矢となったでしょうか。

※参考文献:

倉本一宏『平安京の下級官人』講談社現代新書、2022年1月 繁田信一『殴り合う貴族たち 平安朝裏源氏物語』柏書房、2005年9月

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