【平安京の事件簿】惨殺され、野犬に食われた皇女の遺体…犯人が供述した黒幕は? (2/3ページ)

Japaaan

さっそく検非違使が捜査に乗り出したものの、なかなか手がかりのないまま年が明け……そして半年以上が経過した万寿2年(1025年)7月25日、ついに容疑者が逮捕されました(3月に逮捕されたという説も)。

検非違使庁へ引き出されたのは僧侶の隆範(りゅうはん)。仏の道に仕えるべき身でありながら、強盗に殺人に……あるいは姦淫の罪も重ねたのかも知れません。

「とんでもない腐れ坊主め、拷問されないとタカをくくって口の重いこと重いこと……しかし、ようやく口を割り申した」

検非違使別当(長官)の藤原経通(ふじわらの つねみち)は、隆範に犯行を指示した黒幕が藤原道雅(みちまさ)であると報告します。

犯行動機は道長一派への脅し?

「あの悪三位(あくざんみ)か……」

藤原道雅は藤原道長との後継者争いに敗れた藤原伊周(これちか)の子で、家の没落や当子内親王(とうしないしんのう。三条院の皇女)との破局などから荒んでいました。

左京大夫道雅。菱川師宣筆

乱暴狼藉を繰り返し、従三位(じゅさんみ)の位階を授かっていたことから「悪三位」あるいは「荒三位(あらざんみ)」などと呼ばれていたのです。

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