プライドの高さゆえ晩年は孤独死…世界三大美女のひとり「小野小町」の生涯は波乱万丈だった (2/3ページ)
小野氏の出身だったということと、宮中の局町に住んでいたことから「小野小町」と呼ばれるようになったと言います。
絶世の美女とうたわれた謎多き女流歌人・小野小町は関東出身だった!?出生伝説にせまる 歌人として才能を開花させた小町小町には和歌の才能があり百人一首に選ばれるだけでなく、紀貫之が称賛した六人の歌人「六歌仙」や、藤原公任が選んだ平安時代の代表的な36人の歌人「三十六歌仙」の1人にも数えられており、才色兼備の歌人だったことがわかります。
藤原定家や紫式部も小町の歌う和歌に注目していたそうで、世間からは「和歌の神様」としても称えられていたようです。
小町伝説小町はあまりの美貌から多くの男性に好意を持たれるのですが、プライドの高さゆえ誰にもなびきませんでした。実際、小町の歌った詩には「自分の美貌を花にたとえて、美しさも色あせてしまった」と嘆くものが存在します。
そんな小町に恋い焦がれたとある男性が求愛したところ「百夜通い続けたら契りを結ぶ」と小町から告げられます。小町の言葉を信じた男性は、寒さの厳しい冬の夜道を毎晩徒歩で通い続けたましたが、九十九夜まで通ったところで凍死してしまったそうです。
