プライドの高さゆえ晩年は孤独死…世界三大美女のひとり「小野小町」の生涯は波乱万丈だった (3/3ページ)

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小野小町(月岡芳年『月百姿』より)

この話は「小町伝説」と呼ばれ、謡曲に「通小町(かよいこまち)」や「卒塔婆小町(そとばこまち)」として度々上演され、世間から非常に人気の高い作品だったと言われています。

小町の最後

宮廷で華やかな生活を送っていた小町ですが、仕えていた天皇が崩御すると宮廷を去り日本各地を放浪する旅に出ます。

そして80歳の時に現在の京都市にある補陀洛寺にたどり着いて亡くなっていたそうです。小町の亡骸は野晒しにされた状態で発見され、白骨化した小町の目の穴からススキが生えていたため、風が吹くたびに「ああ、痛い」と叫んでいたのだとか。

そこに寺を訪れた僧が手厚く葬ったことで、成仏できたと言う言い伝えがあります。

補陀洛寺には小町の晩年の像が安置されていますが、絶世の美女と呼ばれた小町の面影はなく、あばら骨が浮き出た老婆の姿をしているそうです。

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