「酒好きが祟ってトイレで脳卒中」はウソ?上杉謙信の本当の死因はなんだったのか (2/3ページ)
ただ、この従来の通説にも疑問が残ります。
まず、謙信が酒好きだったのはさまざまな資料に残っている事実なので間違いないと思われるものの、健康を害するほどの酒飲みだったという根拠はありません。
上杉家に関する軍学書『北越軍談』にも、彼が酔いつぶれるほどお酒を飲むとは記されていないのです。
また、武神・毘沙門天の熱心な信仰者だった謙信は、日頃は倹約に努め質素に過ごしていたと云われています。
さらに、倒れた後も意識があったのは間違いありません。まず、「景勝を本丸に入れて、おのおの補佐すること」という遺言が残されており、さらに『甲陽軍鑑』には「一期の栄は一盃の酒 四十九年は一酔の間 生を知らず死また知らず 歳月またこれ夢中の如し」という辞世の句も記録されています。
遺言を残したり辞世の句を読める程度には心身の自由が利いたということです。脳卒中で倒れた人が、ここまでできるものでしょうか。
では、脳卒中でないとすれば何でしょう。その手掛かりは他のところにあります。
手掛かりは謎の「虫気」まず、当時の上杉景勝の書状に「去十三日謙信不慮之虫気」とあります。訳すと、13日に謙信が「不慮の虫気」で亡くなったということですが、虫気(むしけ)とは腹痛のことです。
今わの際に腹痛を伴っていたことが分かります。
確かに腹痛であれば、辞世の句を読んだり遺言を残したりすることも可能でしょう。
